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天皇のしたこと
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    武器販売促進のため第2次世界大戦を起こした武器密輸商人・天皇 [2008年01月 4日(Fri)] 

    天皇は、第2次世界大戦中、日本軍が使用する武器、燃料を、敵国の米国から、密輸し、物資の欠乏する日本軍に高額で「売り付け」、利益をスイス銀行に隠し、蓄積していた。スイス銀行には、明治時代以降、天皇一族が日本人女性を誘拐し、売春婦として海外に「売却」した50万人の女性の「売却代金」も蓄積されている。

     「天皇は、米国の軍事産業と一体化」し、日本と米国に戦争を起こし、米国軍事産業は米国政府に武器を売り、武器密輸商人=天皇は日本政府に武器を売り付け、利益を上げ、日本人を戦争で大量虐殺した。天皇こそ、日本人大量虐殺の犯人であり、最も悪質な売国奴であり、戦争犯罪人である。天皇こそ、日本民族の敵である。


     共同通信、2001年8月13日、ジュネーブ発、藤井靖・伝、は、伝える。

     1945年8月、日本の天皇は、スイス赤十字社に1000万スイス・フラン=現在の時価で33億円を手数料として支払い、数兆円の天皇の隠し資金を、赤十字社名義に「書き換える」要請を行った。これは、天皇が人身売春、武器密輸で蓄積した貯金を、米軍に没収される事を恐れ、赤十字社名義に書き換え、不正な資産「隠し」を行うためであった。要請は、紆余曲折の末、受理された。

     戦争で日本国民全体が1日3度の食事さえ不可能になり、広島、長崎に原爆が落とされ、その治療のために少しでも資金が必要な1945年8月に、数兆円もの資金を天皇はスイス銀行に持ち、預金の名義書き換えのため「だけ」に、33億円もの「手数料」を支払い、自分の財産隠しを行っていた。日本人が多数、餓死している最中に、である。

     その預金の名義書き換えは受理され、戦後60年、利息が利息を生み、巨大化し、現在も、不正に蓄積され続けている。武器密売と、天皇一族に誘拐された日本人女性の人身売買の「利益」である。これは、戦争で天皇に殺害された、膨大な数の日本人の「命そのもの」である。

     天皇が、この不正蓄財を隠すために、赤十字社と必死で交渉しているアサマシイ姿は、天皇のアサマシイ要請の扱いに困惑した戦勝国・英国の外務省と赤十字社との間で交わされた、正式な外交文書としてロンドンの公文書館で、誰でも閲覧する事が出来る
    (ファイルNO.FO369/3969,及びFO369/3970)。

    Kさんからのメールの補足を載せておきます。

    > 前回の配信で送った最後のout of eden の小野寺氏の調べたことについて少し触れ
    > ます。作者は年に3回位欧州と日本を往復している人です。
    >
    > 彼はオルタナティブ通信にあった天皇の蓄財関係の公文書がある英国で実際に見た結果
    > 、1945年の8月(終戦時)にと書かれてあったのが実際には4月であることを明らかにしています。
    >
    > このことは2月のヤルタ会談とその秘密協定の二ヵ月後でドイツの無条件降伏が4月30日ですからその時期です。沖縄戦は1945年3月26日から始まり、組織的な戦闘は6月23日で終了しています。
    >
    > 公文書の事実をブログで書いてその時期は見に行けば明らかに異なるのを見越しているのは書き手の考えのあってのことでしょう。
    >
    > 1945年4月に送金が行われている意味は大きいです。後半に明治維新についても触れられていますが、日本人が英国の影響から離れて、欧米に追いつけ追い越せでない本来のペースを取り戻して近代国家として現行憲法の下に独立した体制を創って行くことは重要なことです。また明治以降の近代国家と天皇制も客観的に捉えなければと思います。
    >
    >
    > 組織が個人を作るのでなく個人がしっかりとして組織が機能的である時代に発展するよ
    > うに努力をしていかねばなりません。

    池辺です。天皇が4月から工作しながら、命乞いをし、原爆の実験を了承していたことは、広島にそれまでの街中に加えて、
     4月から比治山の山の影に軍の大本営から直属の参謀本部が設けられたことで分かる。そして、8/15の午前9時に西日本の上級将校たちは招集をかけられ、前夜から広島に泊まりこんでいたもの約8万人。

     ところで石橋湛山は、あの明治以来の帝国主義に日本がますます傾くのを憂えて、
     あの戦争に向かう時も、いかな戦時中でさえも、帝国主義の非を説き、
     日本の4島を中心にした国民主人公のおもいやりのある小国の政治で充分なことを説いたのが、石橋湛山でした。
     
     彼こそ、ほんものの日本としての水先案内人であったといえよう。
     が、しかし西洋のキリスト教にはじまる帝国侵略主義、強盗を恥ともしない西洋の思想に洗脳された西洋かぶれの東洋蔑視の知識人や政治家、軍人には、まったく馬の耳に念仏であった。

     しかし、本来の東洋思想、自然の理に即して社会を営んでゆくなら、
     そもそも他を侵害・侵略して、自らのエゴを押し付けるものではないだろう。
     それぞれの違いを尊重しあって、互いにうまく生活してゆけるようにおりあい思いやることが必要だろう。

     しかし、それを理解しないエゴイストたち、西洋帝国主義者たちには、
     どのように説得できるであろうか。

     それには、彼らの動物的・戦闘的な真似や扇動に惑わされず、自らの分をたしかに守り抜くことは必要だと思われる。
     
     
    posted by: peaceyukichan | 政治 | 20:09 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
    そもそも、当時の英国は対日戦の為に様々なプロパガンタ政策を行っており、この公文書の真偽が問われている。この公文書が世界の常識にならないのは英国政府をして、当時の英国の対日プロパガンタが英国、ひいては英国王室の恥辱となるからである。反日は結構だが学術的に勉強、あるいは沢山の論文を読んでから発言すべきである。もっとも学術論文は英語で書かれているので貴女には読めないと思うが。反日マスコミの都合良く訳されたものだけを信じていると世界中の笑い者になりますよ。笑い者になるのは貴女のピアノ演奏だけで充分です。
    | | 2009/01/31 9:56 PM |
    日本が一九四五年八月の終戦直前、スイスの赤十字国際委員会(ICRC)に対し、昭和天皇の香淳皇后名で一千万スイスフランの巨額寄付を提示、極東委員会が禁止決定を出したものの、赤十字がこれ覆して戦後の四九年、秘密裏に送金が実行された経過が十三日、スイス政府やICRCの公文書で分かった。                      
     寄付は横浜正金銀行(旧東京銀行の前身)がスイス国立銀行に保有し「日本の秘密口座」と呼ばれた「特別勘定」から拠出された。日本が皇后名の寄付を申し出た事実は英公文書で確認されているが、その動機は不明。公文書は米英両国にスイスICRCを巻き込んだ送金実行までの四年間にわたる「攻防」の詳細を明らかにしてる。
     一千万スイスフランは現在のレートで約七億円。当時と現在のスイス・フランの購買力を単純比較すると約三十三億円に上る。  
     約五十通の公文書を総合すると、東郷茂徳外相(当時)が四五年八月七日、ICRCの駐日代表に一千万スイスフランの寄付決定を伝達。駐日代表は九日、受諾すると答えたが、通信事情が悪くジュネーブのICRC本部に伝えたのは終戦直後の八月十七日になった。
                             スイス政府は前日の十六日、米英などとの合意に基づきスイス国内の日本資産を凍結していた。特別勘定におさめられていたのは「本来は米英捕虜の遇改善を目的に送金したカネ」だとして、寄付の形で動かすことを阻もうとする米英と、寄付の正当性を主張するスイス政府、ICRCが対立した。
     紛争は四六年六月、極東委員会と連合国軍総司令部(GHQ)に付された。極東委員会は同年十月「ICRCの主張に根拠はない」として送金禁止を決定。しかしICRCは米国の弁護士を雇い、巻
    き返しに成功。米国務省は四九年三月、スイス政府の裁量を認めて送金に同意。英国も四九年五月「所有権の主張」を撤回した。  
     送金は四九年五月末。スイスが横浜正金の資金凍結を解除して実行された。ICRCは英国への配慮から一連のプロセスを「極秘」扱いとし、日本にも細かい経過を知らせなかった。   
    | | 2009/02/01 3:41 AM |
    「皇后寄付」の事実を英国の公文書で確認、「香淳皇后」(中央公論社)を著した工藤美代子さんは「スイスの公文書で寄付をめぐる関係者のやりとりがこれだけ克明に判明したことに、大きな意味がある」と指摘した。
     工藤さんは一千万スイスフランの寄付が当時の皇室の「隠し財産だったかどうか」に興味を持ったが「日本側には宮内庁にも資料が残されておらずはっきりしなかった」と述べた。       
     工藤さんは、日本政府が米英の捕虜の待遇を改善する名目で米英側に拠出させた資金をスイスの横浜正金銀行の口座に蓄え、そこから皇后名の寄付が赤十字国際委員会(ICRC)に届けられた事実に着目。                          
     政府が戦後「捕虜の食い扶持(ぶち)を日本が要求、英国に出させていたことが問題になることを恐れ、寄付で格好をつけようとしたのだろう。戦争裁判で捕虜の待遇をめぐり日本が不利になることを恐れたのではないか」と推理している。
     また、寄付の実行をめぐる「英政府と赤十字のやりとりは熾烈(しれつ)だった。赤十字側は寄付に強い執着を持っていた。返すつもりなどなかった」として、日本側が寄付の形で資金をいったん゛預け″、戦後、取り戻す゛裏取引″をしようとしたのではないかとの見方は否定した。(共同)
    | | 2009/02/01 3:57 AM |









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