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田母神元航空幕僚長らによる“現代の思想的軍事クーデター”
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     今一度、原稿を頼まれたので、書いてみました。

    2008年11月11日の前夜、私は夜行バスに飛び乗って東京にいきました。そして朝からの参議院外交防衛委員会を傍聴しました。というのも『現代の思想的クーデター』の張本人、田母神前空幕長の「参考人招致」をしかと聞いておきたいと思ったからです。出向く前の印象では、論文としてあまりに稚拙であり偏った歴史観、戦闘意欲満々の強者の論理に驚かされていました。そして、まさに委員会での田母神氏の反省のかけらもないひらきなおった態度を目の当たりに見、今の日本がいかに危ない局面に来ているかがしかと感じられたのです。

     問題とすべきは、田母神氏にそのような態度をとらせる背景にある改憲勢力です。彼を航空自衛隊のトップに任命したのは、かの防衛省汚職の守屋前次官でした。安倍元総理の時ですが、田母神氏は森元総理も支持してくれていると豪語していました。さもありなんと思える「申し訳ない」の言葉の一片だにない委員会でのふてぶてしい言動でした。

    これはまさに「自衛隊」と称する日本国最大最強の暴力手段が、いつでもこの国の支配体制の維持(そのためには本当の民主政権成立の際は、その転覆排除を含み、市民の敵に成り得る)に使えることを示しています。いわば「自衛隊」のクーデタ体質を露呈した重大事件なのです。
     それ故、支配勢力とこれに奉仕する諸政党やマスメディアなどは、この重大事件を矮小化し過小評価し争点をすりかえようとしています。しかし、そうさせてはなりません。この事件は日本における自衛隊のあり方の根幹を問うものであり、今、深く追求してその歪んだ膿を出してしまわねば大変なことになるだろうと私には思われるのです。

     そして気になったのは、彼を追及する民主・公明の議員たちの迫力のなさです。それは追求するだけの根拠となる信念が希薄なので追い詰める質疑に至らなかったのではないかと私には思えました。というのも、その議員たちはかの論文の中身について一切問おうとせず、搦め手ばかりをとりあげていたからです。

     思うに、一番に問題とすべきは、その論文の誤りと憲法違反の内容を糺す事であり、次には憲法を遵守すべき公務員としての「憲法違反」と自衛官としての「服務規程違反」でしょう。“憲法遵守”を明確に指摘し得なかった事は追求の手を弛めているとしか思えませんでした。

     まして、田母神氏はトップの身であったのに「言論の自由だ、表現の自由だ」と開き直った発言をし、配下の自衛官94名に論文を出させて、自らも肩書きをつけたまま賞金300万円を貰い新聞紙上に発表させたのです。だのに「わたしは一切まちがっておりません」の一点張りです。

     トップにたつ者としての見識・知識・自制、倫理観・責任感の欠如した全く悪びれないその驕慢な様を見て、日本の政治が防衛省が、いかに病んできているかが如実にみてとれるようでした。その上、大臣たちの答弁も煮えきらず、こんなに明白な罪状なのに懲戒免職にもせず、6千万円の退職金を熨し付けてさしあげて無罪放免!ですから、彼らも同じ穴のムジナとしか思えません。

    この件は、只今、国会という日本の政治の頂点にたつ議員たちも、そのほとんどが、田母神氏的『つくる会の改憲思想』に汚染されてしまっている状況を物語っているように思われます。勿論、共産党と社民党は庶民の側から多少は厳しく突いていました。クーデターの懸念はただ一人社民党の山内議員が指摘されました。又沖縄の例をひいて「軍隊は決して国民をまもってはくれない」と訴えておられました。

     傍聴して思うに、私たち市民は、この戦争に戦前に向かおうとする今の日本の政治の危機的状況にあって、よほど心してかからねばとの決意を新たにしました。

     国会に巣食う彼ら改憲論者たちは、国民の困窮をよそに防衛と称して軍事費や対外支出を拡大する税金泥棒であり、アメリカの戦争して儲けようとする闇の支配者たちの手先ともいえるでしょう。そんな私利私欲・党利党略の政治屋や官僚たち、そして闇の改憲勢力に私たち庶民とアジアの人々の切なる“非戦の誓いである憲法9条”を勝手に破らせることがあってはなりません。

     庶民は誰も戦争を望んでいません!

     日本は、再びあの戦争の悲劇を繰り返してはならないのです。アジアにおいて、世界の中でも、日本こそが堂々と“非核非戦の平和の国”であらねばならぬ役目を持たされていると思われます。そして世界の子どもたちを戦場に行かせる、そんな政治を世界に許してはならない立場なのです。

     日本は戦争のできる普通の国になってはならないのです。
    わたしたち平和を愛する国民は、大挙して『ごまめの歯軋りから大きな声へと変貌』し、勇気を出して平和にむけて一歩踏み出さねば、この闇の改憲の勢力は阻止できないでしょう。

     傍聴の後、議員会館前の「9条改憲阻止の会」の座り込みに参加して、かつての60年70年安保の闘士たちにお会いできて元気を頂きました。そして、日本中の平和への思いを同じくする者たちの奮起奮発を願いながら又高速バスで帰途につきました。

     さあ、世界の平和を願うみなさん、9条改憲阻止、平和憲法を守るために動き出しましょう、しゃべりはじめましょう。

     池邊幸惠@西宮 平和のピアニスト

    http://peace.yukichan.cc
    http://yukichan.cc    
    http://jp.youtube.com/user/peaceyukichan


    posted by: peaceyukichan | - | 11:44 | comments(10) | trackbacks(0) | - | - |
    >日本は戦争のできる普通の国になってはならないのです。
     普通の国だろうとどんな国であろうとも、戦争には、どん
    な国も「関与」することを否定できない。
     平和を叫ぶものが戦争を呼ぶこともある。
    | カラスだよ | 2008/11/21 11:15 PM |
    >日本は戦争のできる普通の国になってはならないのです。

    戦争は反対だけど、国防ができる普通の国にはなって欲しいです。北朝鮮の拉致の問題。竹島問題。尖閣諸島など。対話による問題解決には限界があるのは確かなこと。
    国民も莫迦じゃありません。みんな限界だと気付いてます。
    いつまでも解決できない国に苛立ち憤ってるのです。
    どの問題も「日本が国防のできる普通の国」だったら問題にならなかったことでしょう。

    対馬もそう遠くない未来、韓国の領土にされてるでしょうね。もうすでに侵略は始まってます。
    | サカナだょ | 2008/11/22 12:42 PM |
     公務員は憲法に忠誠を尽くす義務があります。憲法に異を唱えるなら公務員を辞めてから自分の意見を述べるべきです。それにしても「戦争反対」を堂々と言えない世の中になりつつあるのは確かです。20年後、30年後日本は再度中国と戦争をすることになるのではないかと危惧しています。その結果われわれの孫、曾孫が再び多くの中国の人々を殺す羽目に陥り、また彼らも何十万という単位で戦死するような気がしてなりません。日本人は何度後悔すれば戦争をやらない国になるのでしょうか?
    | | 2008/11/22 8:48 PM |
    みなさん、投稿ありがとうございます。

     今、田母神問題をもう少し、昔からとらえて、大局的にもはや、この日本、自衛隊が、日陰の身から日の当たるところに、それも、「文官統制なんてごめんだ」という暴力体質まるだしで、自衛官はもとより、国会の多くの議員をその気にさせています。

     これは、もはやクーデターができるんだぞ!と国民に政府に脅しをかけている状況です。

     私たち平和を願うものは、アメリカと一歩2歩おくのは、賛成ですが、

     だからといって、天皇をいただく自衛軍、国防軍、皇軍なんて、望んでいません。

     9条を守るその向こうには、国民主権・基本的人権の尊重・戦争放棄ですすむべき、平和国家日本としての役割をもった日本にしてゆきたいと思っています。

     9条は、侵略・蹂躙されたアジアの人たちのためにあるのです、そして、その9条がまた、私たち国民を、国家の圧政・弾圧から守ってくれるのです。

     戦後レジウムからの脱却とは、民主主義を捨てさせることだと、田母神氏をもちあげる動きをみて、よく分かりました。

     わたしたちは、国民が賢くなって、本物の民主主義をうちたてていくためのあらゆる努力を惜しまず、すすんでいきたいと思っています。
    | ゆきちゃん・・ | 2008/11/26 5:07 PM |
    「庶民」を連発してますが、こういう表現に左翼が衰退してる最大の原因があります。
    非軍事国家を否定する人のみが「庶民」であり、軍事力の保持を訴える人間は「庶民」ではないと。ちょっと独善的ですね。


    あと「日本がアジアを蹂躙した」というのは常套句ですが、白人の横暴を阻止するために日本が戦ったんじゃないですか。別にそれを否定するのは構いませんが、その場合は日本がアメリカの言いなりになり植民地になり、白人がこの世を謳歌する世界を甘受すべきです。


    日本の過去の戦争も否定する。
    アメリカの現在のジャイアニズムも否定する。

    これではいいとこ取り過ぎで、論理矛盾です。

    | xtc | 2008/11/28 10:01 PM |
    もう少し現状を把握できたほうがいいと思います。
    平和を守る事に異論はありませんが。

    いい事ばかり並べられるのは今の日本が平和ボケしているからで、もし何も準備なしにどこからか侵略される状況になった時、貴方のいう「庶民」たちだけで対応する事が出来るでしょうか。

    例えば。もし話し合いで解決できるのであれば「警察」だっていりませんよね。人と人とが関わっていくだけで争いごとが起きるのに、国と国とが向き合ったら言うまでもないです。

    相手が「力」を持っているから「力」で対抗するなんていうのは確かに野蛮に思えますが、それが「抑止力」として働いているのは事実です。
    | こは | 2008/12/02 4:35 PM |
    これは私があるところに投稿したものです。
    ご覧頂きたいと思います。

    幕僚長論文は立場上、些か問題ありと思うが、内容そのものは正鵠を射ているといえよう。
    特に我が国で気をつけねばならないのは、この国は殊更に「言葉狩り」が多いことだ。これにより幾多の国会議員が罷免、更迭されたきたことか。内容の検証をしないまま封殺してきたのである。
    そして多くの人は近代史に疎く、空気の流れに従うまま、何となく声の大きい者に付和雷同してきた。これは恐るべき事である。
    この国は中韓への卑屈な気遣いと、選挙を控えて失点となるべき事態は軽く済ませたい、との政治的思わくで航空幕僚長の首を切ることで事態を避けた。そうでもしなければまたも中韓の外交コストは高いものにつく、と読んだ政府の複雑な心境は察するにあまりあるものがある。ここに日本の国防政策の問題がある。
     村山富市氏といえば、村山談話を発表した当時は旧社会党(現社民党)の党首でもあり、自民、社会、さきがけ連立政権の首相でもあった。当時、唐突に閣議決定され何が何だか解らぬまま、決定された曰わく付きの談話だと当時の閣僚はいう。それが納得されないまま、半ば強制的に政府発表のようにして内外に発表された。と、その時の模様を産経新聞論説委員・石川水穂氏は『村山談話の検証が不可欠だ』と述べる。11月15日産経新聞。
     であれば「村山談話」の発表こそ問題にすべきところを、田母神元航空幕僚長論文を問題にするなど、これは主客転倒ではないか。
     連立政権を組む以前は、安全保障問題、自衛隊の存在については躍起となって反対をしてきた。これが社会党の看板政策でもあるからだ。
     それが、連立政権の首相になった途端、日米安全保障も、自衛隊の存在も認めた。こうも簡単に政権を握った途端、社会党としての看板政策を降ろすことができたのは、欺瞞の何ものでもなかろう。
     ここにも、我が国の国防、外交は中韓に卑屈となって今日まで続いている。
     こうした対応は、日本自ら外交コストを高く釣り上げ、それが中韓の反日となって返ってくる。
     侵略戦争という思いに疑問を持っている政治家もおろう。しかし、この問題が噴出してきたとき、我が国の政治家は、早い時期から歴史的事実に基づき、中韓にもキッチリ対応しておかねばならなかった。今となっては、とき既に遅し、対応をしてみたところで、却って中韓には侵略戦争を正当化する犬の遠吠えとしか映らない。どうにも止まらないところまできてしまったのは、我が国外交政策の失態である。
    田母神元航空幕僚長の「侵略戦争は濡れ衣」という歴史事実を知らない国民があまりにも多く、東京裁判史観の呪縛が、戦史を国民の目から遠ざける結果となったことは否めない。
     さらにGHQの占領政策、東京裁判に関する批判なども、米軍民間検閲支隊が検閲してきたことを思えば、周到な占領政策に唸るばかりだ。
     殆どは最初に「悪」ありきとして批判するのみで、核心に触れる部分を避けているとしか思えない。何かを恐れているとしか思えないのだ。田母神元航空幕僚長の論文、言動を危険視して、良識振る者がいるのも厄介者だ。 
     特に侵略戦争として一番映りやすいのは、日中戦争のことであろう。中国大陸での戦争だから、歴史に無関心な者にとっては、侵略戦争と思っている者が多い。
     これに対する侵略戦争否定は、多くを述べなければならない。侵略戦争と思いこんでいる者には、理解し難い骨の折れる説明が必要だ。それほど侵略戦争否定論は、困難を要し、多くの人がこれまで避けてきた思いがある。このことが、却って侵略戦争として、世論に定着してきたのかも知れない。
     戦後の日本には、民主化という名の下に、暴力否定の思想が蔓延ってきた。それを否定するつもりはないが、あくまでも「話し合い」「胸襟を開いて話せば解る」との思いが根強くある。さらに日本人的「和を以て尊し」と聖徳太子の言葉もあるように、この意識が、中韓からの批判に対して障壁となってきたのではないか。
     戦後の日本人には「力」、「物理的強制力」なるものは物騒だと反感を持っているようだ。そこから軍、自衛隊、体罰など、強制力を持つ力の組織、或いは強制力を執行する行為などを「悪」と観るところがある。
     今回の問題は、国防政策の欺瞞をひた隠しにし、与野党揃って嘘を塗り固めてきたことにある。
    | kaccyan | 2008/12/11 10:21 PM |
    11投稿した前文「田母神航空幕僚長の論文」に関係して


    さて、まだまだ述べたらないところがありますので、折角ですからこの覧をお借りして申し添えますと、この国の政治家を始めマスコミや、国民は腐っているとしかいいようがありません。

    民主主義の柱は多数決定です。これは多くの問題を孕んでいます。民主主義を標榜するのであれば、国民意識が健全でなければなりません。それが不健全であればあるほど、社会は混乱し、常識もなくなります。さらに人間性の低下も拭えません。

    今日の民主主義はその点、不健全と言わざるを得ません。

    それは、紀元前400年も前からのギリシアの哲学者ソクラテス、プラトンが当時からこの問題を投げかけてきたことからも解ります。

    それから2400年後の世界は、科学文明の大きな発展を遂げてきました。しかし、人の心や思想は2400年前から殆ど進歩がありません。むしろ当時の科学文明のない時代から比べますと、今日の状況とは比較にならないほどの便利さを領受することができます。

    にもかかわらず人の心、考えは、科学文明の進歩に伴って比例し進歩しておかなければなりません。それが反比例となって現代日本人の心は腐って参りました。

    政治も財界も教育界を始め国民に至るまで、動物的強欲に絡んで今日の犯罪や利益団体となって社会を混乱させています。

    それでも、今日の現状は「民主主義」と言ってそれを憚らないほど、声高に叫んでは民度を低下させている事実に気がついていません。

    民主主義の健全化は、宗教哲学、教養を身につけ、一人ひとりが現状よりも自分の胸奥に潜んでいる「善・悪」をしっかりと見つめることから始めねばならないと思います。

    それでも民主主義(デモクラシー)は人を神にすることはできません。人が神仏にでもならない限り、完全無欠の人間社会はあり得ないのです。

    民主主義はそれを求めているところに、偽善があるといえます。

    今回の「田母神航空幕僚長の論文」に対して、寄って集って将軍を批判する政治家、言論界、マスコミの偽善を嫌というほど知りました。

    己を神と思っているのでしょうか。であれば神に向かってこれほどの傲慢さはないといえましょう。
    | kaccyan | 2008/12/13 12:40 PM |
     さて、可愛いゆきちゃんに第3弾の問題を差し上げます。感情的にではなく、学術的にお答えいただきましたらと思います。よろしくお願いいたします。(^_^)

     我が国は戦後、戦争らしきものの経験がないまま今日まできました。幸と言おうか或いは不幸と言おうか、経験がないだけに戦争、平和について、ある偏った政治、思想団体の工作によって屈折した思想が蔓延してきました。結果として、有形無形の大きな取り返しのつかない損失を生じたのです。

    「平和」とは戦争のない状態なのでしょうか、或いは戦争のない状態ではあますが、その危険があれば「平和」とはいえないということなのでしょうか。この二面性が考えられるでしょう。我が国の考えはこの後者だと思います。

     世界には戦争や、内乱が今日も続いている国があります。それらの国は平和を求めてそのために戦争を行っています。つまり平和の代償として戦争を行うのです。彼らには、日本のような戦争のない状態にも拘わらず、「戦争の危険がある平和」だと言うこじつけなどは、言葉の遊びとしか映らないでしょう。まさに、彼らにとっては天上の贅沢としか思えないのです。

     人間は神でも仏でもない。ある時には神にもなり、ある時には極悪人にもなる両面性を持っています。それが人間です。その悪の極悪人が顔を出したときに、相手に対して暴力を振るったり、相手に危害を加えるどうしょうもない人間でもあります。私達個人にしても、いつ犯罪人になるか、それらの可能性を持っており、それがいつ噴出するかも知れない、日頃は神のように振る舞っていますが、内実は己の利益を考えている良心の仮面を被ったオオカミでもあります。それは、相手が弱すぎて抵抗しないと分かれば、オオカミ人間となり、自己主張を増大する人間でもあるのです。

     世界の平和は、辛うじて、軍事バランスの上に平和が保たれていることが分かります。しかし、このバランスが崩れたときには平和は破られ、戦争状態になることを過去の歴史が物語っています。

     朝鮮戦争も、アメリカのアジア防衛ラインを朝鮮半島からフイリピンまで後退したことが、北朝鮮の韓国に対して侵略戦争を誘発しました。軍事バランスの均衡が破れたときに、戦争を誘発してきたことが如実に物語っているではありませんか。

     第二次世界大戦も、英国のドイツに対する宥和政策が、ドイツ軍のポーランド侵入から大戦を誘発したのは御存知の通りです。哀しいかな理想的ばかりの平和を唱えるだけで、平和は保たれない厳しい現実があります。平和を保つためには、それなりの費用がかかるのです。

     軍事力は、戦争を想定したものばかりではありません。現に共産中国や北朝鮮のように、砲艦外交、恫喝外交が未だまかり通る世界があります。これらに対して、日本は不利な外交展開を余儀なくされているのです。

     共産中国には、いままでODAの形で3兆円にもなる金を放出してきました。3兆円と言えば国民一人当たり2万5千円を供出したことになります。これがまた、中国の軍事力増強の資金にもなっているのです。

     戦争をしなくても強力な軍事力は、戦争の抑止力になります。少なくとも不利を招かないためにも軍事力が必要なことは言うまでもありません。しかし、我が国では、「軍事力=戦争」と短絡的に考えて、それを否定する軍事音痴が未だに居るのです。

     戦後の風潮は「暴力否定」にあります。それ故、物理的強制力(力)→戦争→軍事力→防衛力など、これらを「悪」と考えます。制裁や人間本来の権利である「正当防衛権」までも「暴力」として否定する政党、思想団体があるのです。
     
     これは日本の不幸としかいいようがありません。それ故、物理的強制力に代わる「言論」「金銭」「活字」などによる「精神的暴力」と形態が変ってきました。しかしこれらも一種の「暴力」ではありませんか。「精神的暴力」を、具体的に確認するには非常に難しく、それ故「暴力」として立証しがたいのが現実です。これによる「精神的暴力」は益々はびこっているのが社会現象です。

     今日の中韓の靖国、歴史教科書、侵略、南京事件などと言い立てる砲艦外交というべき行為は、まさに武器を用いない「言論戦争」といっても過言ではありません。これを、「話し合いで解決」とうそぶいている日本人の屈折した「平和主義」は、一種の能梅毒にかかった民族となって、密かに世界の嘲笑をかっている事を知らなければなりません。

     プロイセンの将軍クラウゼヴィッツ(1780年〜1831年)は第1章・24に「戦争は他の手段をもってする政治の継続にほかならない」(戦争論・徳間書店・淡徳三郎訳)と、戦争そのものが政治の延長にあることを述べています。換言すれば「砲艦外交は政治の継続にほかならない」とも訳することができるでしょう。中韓の外交は、こうしたクラウゼヴィッツの「戦争論」に基づいた物理的暴力(戦争)を、日本への砲艦外交に換えて外交を展開しているといえます。ここをよく理解しなければとても太刀打ちできるものでありません。日本の外交は、中韓にとって赤子の手をひねるに等しいのです。

     日本には元来、「和をもって尊しとなす」とする聖徳太子の17条の憲法がありますが、この思いでは必ずしも国際外交は成功しないことが分かります。特に、北朝鮮の「砲艦外交」の露骨な表現は、日本にとって戦争を意味すると理解せねばなりません。

     また、同じ戦争論の中の攻撃と防禦・防禦の概念では「……敵の突進には突進をもって応えなければならないから、こうした攻撃動作は、防禦戦争においても、多かれ少なかれ生ぜざるをえない。……したがって戦争の防禦形式は単なる楯のごときものではない。それは楯には違いないが、その使用にさいし、巧妙な突きを合わせ用いなければならないのである」。

     防禦の利益「……最後まで防禦が目的であると考えるのは、戦争の本質に反するものである。換言すれば、撃退だけで勝利を終わらせ、反撃を企てようとしないような戦争は、あらゆる処置や方策が絶対的防禦(受動性)で支配されている会戦と同様に、事理に反するものである」。これら防禦の概念をお読みいただいて何か感じはしません?そうです。我が国の「専守防衛」であることが解ります。

     クラウゼヴィッツはこの「専守防衛策」を戦争哲学に反すると戒めているのです。これは180年も前のことで、その当時、日本の「専守防衛策」を想像することなどなかった時代です。

     世界の一等国の国々の政治家は、地政学とともに軍事学を学んでいるのです。そうしたとき、先の「専守防衛策」を見ても分かりますように、我が国の政治家をはじめ日本人は全く無知であるといわざるを得ません。無知であることがリベラルと錯覚していますから始末におえません。

     現状の日本外交と、戦争論の「戦争(武力外交)とは政治の継続」としての外交は、コストの面においても違いがあるでしょう。しかし、コストを掛けない日本外交は大きく遅れをとっています。軍事力を背景にすれば損失は少なく、コストに見合うだけ有形無形の勝利を勝ち得る事もできるのです。

    「人の命は地球よりも重い」として軍事力を軽んじた日本に、「戦争哲学の中に『博愛主義』を持ち込もうなどとするのは、まったく馬鹿げたことである」と、クラウゼヴィッツは切って捨てます。

     これは我が国の安全保障の将来に、大きな課題を突きつけたことになります。心して学ばなければならぬ教訓です。
    | kaccyan | 2008/12/14 10:08 PM |
    今年は経済不況で暗いニュースばかりです。特に派遣社員はさらに厳しく、この年末の厳しい寒さに、どう年を乗り切れるか、私は胸の痛みを感じてなりません。皆さんも同じ思いではないでしょうか。

    これも、民主政治の欠点がこの危機に関して何にも役に立たないばかりか、民主政治に甘んじて怠惰な政治を行えば、クーデターでも起こりかねない。そんな歯止めのないことが、今日の政治緊張に欠けた失政となって現れてきたに違いあり
    ません。ここに民衆主義は最善のものではないことが解ります。

    党利党略の利権に絡む政治を行えば、いつかは武力による政府転覆もあり得るかも知れない。昭和の5・15事件、そして昭和11年の2・26事件がありましたが、今日の政治の弛緩も危機迫る緊張感を以て政治を行う状況に欠けてきたところにあるのではないでしょうか。昭和初期の企業家も、政治家も軍もそうしたところに社稷を忘れ、私利私欲に走り、近衛師団の連隊を始め1400名の部隊が蹶起した事は既にご承知の通りでしょう。現在は全くそれに似ています。

    こうなれば政治に甘んじ、甘い汁を吸っている政治家、企業家、金権に走る偽りの企業家には暗殺だってあり得るということを自覚しなければなりません。また政治家は国政を預かった緊張の政治を忘れてはなりません。

    しかし、日本には外国軍隊のように憲法に軍隊として認められず、さらに憲法上に「非常事態法」が盛られていないことで、クーデターはあり得ないと思っている安心感が弛緩となっているのでしょう。ここに日本政治の甘えの構造があるの
    です。ここまで至った国防問題も田母神問題論文は、真にそのことを突いているようです。

    日本の国政には憲法問題も、大きな破れ傘の法の不備があるのです。「非常事態法」に関していえば、大地震、戦争、内乱、大テロの攪乱には、現憲法を以てしては対処できません。そうしたときに、一時的に憲法を停止し、それに変わる「非常事態法」で以て対処しなければ、パニック状態になるのは必然です。

    そんな強権発動のことを、この日本にでは悪と思っているのでしょう。だから、このことに取り組む姿勢が政治にはないのです。野党に至ってはさらにそうです。

    これは、病気は最悪の場合死に至る。従って病気のことを研究すれば病気になり死に至るから、病気の事は考えまい。そうすれば病気にはならない。そんな能天気なことを考えているのに等しいのです。

    病気になればこれにどう対処するかにより、病気の進展を最小限に食い止めることができるか。と同じように強権処置としながらも「非常事態法」により、最小限にパニックを食い止め、それをコントロールして事に対処しなければならないのです。この事態に憲法では対処できません。

    来年はゆかちゃんも真っ当な考えに至って、大人の思考を以て人を誘導しましょう。ゆかちゃんにとって成長ある年でありますように……。

    それにしてもゆかちゃん、このところ何のメッセージもありません。これはどうしたことでしょうか。はは〜ん返す言葉がないのでしょうか。であればもっと護憲、9条委員会という狭い視野に留まらず、大局的に物を見る目を養って来年は良いメッセージを期待しております。(._.)オジギ

    | kaccyan | 2008/12/28 11:19 PM |









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